〈83年11月同日 W-14ストリートからW-15ストリート〉

 地下からビリーが戻るのを待って、ワルターとビレンは事務所を出た。建物横のガレージから車を出す。ビレンが運転席に、ワルターが助手席に座る。
「今日の用件は」
 ビレンがハンドルを握り、まっすぐ前を見たまま尋ねる。彼はあまり口数が多くない。単純に無口というよりも、発する単語数が少ないのだ。それは気を許している人間に対してこそ顕著だった。
「引き金通りに東洋系の連中が入り始めたらしい。正式な移民の類でもないようだ。それとなく様子を見てくれ、と言われた」
「先ほどの電話ですね」
 ビリーを呼び戻す三十分ほど前にワルターに掛かってきていた電話を思い返して、ビレンは言った。
「そうだ。こちらに頼みたがる向こうの気持ちも分かるし、私の立場上断るのもはばかられる。まぁ、さっさと済ませてしまおうというわけだ。向こうの杞憂であれば面倒がなくていいのだが」
「東洋系ということは、ドラッグですか」
「危惧しているところはそこだろうな」
「引き金通りなら、あの中だけで収まっているのでは?」
 物騒な引き金通りと隣り合わせであるはずの十四番街が、目立って治安の悪い地域というわけではないのは、引き金通りがある種の閉鎖空間だからだ。物理的に封鎖されているわけではけっしてないのに、不思議とそこに住む彼らは外に向かおうとしない。掃き溜めの中でなければ生きていけないとでも言うかのように。掃き溜めは狭いからこそ居心地がいいのだとでも言うように。
「しかし東洋系には随分と商売熱心な類もいる。あるいはそれが彼らの長所でもあるのだろうが――扱うものによっては、とても奨励できん。麻薬はもちろんのこと、安いだけの粗悪な火器の類が多く出回るのも困る。火事を防ぐにはわずかな火種でも見つけておくに越したことはない」
「組織立った連中だとしたら、我々の手には余るでしょう」
「そのときはバトンタッチだ。向こうも人手が足りんのだよ。かわいそうに」
 ワルターが少しおどけたように肩をすくめる。
「こちらの人手だって、リサを除いて我々三人しかいない」
 ビレンがハンドルから片手を離し、立てた三本指を揺らしてみせる。
「考えようによっては、"何事にも揺るがない"三人は充分な戦力だ。向こうに足りんのは"潔癖な"人手だからな。結局はここは小さな――土地は広くとも国にとっては小さな町だ。火種探しの段階では国のエージェントなぞ出てこん」
「なるほど、今回はミスター・アーキンからですか」
「彼は有能なんだがね。下にいる人数が多ければそれだけ思い通りにもならなくなっていくものだ。小さな事務所でも、絶対の信用を置ける部下だけ持っている今の私は、随分と幸福だよ」
 ワルターは小さく笑い、頬杖をついて窓の外を見た。
 ビレンは少し視線を動かして彼のほうを見たが、結局なにも言わなかった。
「こう近いと、まったく便利だな」
 外の風景を見ていたワルターが言う。車は引き金通りの入り口に差し掛かっていた。
「中まで乗り入れますか」
「そうだな……いや、車も目立つ。今回は歩いていこう」
「わかりました」
 ビレンが路肩に車を止め、二人は車を降りる。通りのはるか遠くで乾いた銃声がした。二人とも少し眉を寄せただけだった。


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