〈85年5月同日 W-15ストリート・アパートメント一室〉

 ビレンは部屋の中へ銃口を向けながら、戸口の斜め前に出る。
 視線の先にあったのは、果たしてひとりの少女の姿だった。特に武器を構えるでもなく、ベッドの上に座っている。
 だが状況のわりに怯えは見えず、むしろ先ほどの悲鳴から余裕を回復させた様子で、じっとビレンを見つめていた。銃口からも目をそらしていない。いつかのヴァレアと異なり、その眼差しに恐怖は宿っていなかった。
「なにか、ご用?」
 少女は笑みすら浮かべて、首を傾げた。明らかにネイティブの発音ではない。東洋のなまりが強い、片言に近い言葉だ。
 その少女を一目見て、ビレンは酷い不快感を覚えた。
 少女は幼く見える。人種の違いからビレンにも年齢が計りにくかったが、誤差を考えてもせいぜいヴァレアと同程度の年齢だろう。少女の髪は赤い。だがそれは赤毛ではなく、人工的な赤だ。紅色に近い。染めているか、あるいはウィッグの類。肩より上できれいに切り揃えられ、髪油でも塗っているようで、つやつやと光ってわずかの乱れもない。
 身にまとっているのは黒く艶のある東洋の国の民族衣装だ。裾から胸の下辺りにかけて、独特の鮮やかな朱の刺繍で大輪の牡丹が咲き乱れる。
 それらだけでも奇異に見えたが、ビレンを不快にさせたのはそういったことではなかった。
 少女は年齢に似合わぬ化粧をしている。白粉を塗り、唇は文字通り紅に彩られる。目元も派手な紅色のアイシャドウが取り囲む。服には深くスリットが入り、白い素足が子供にふさわしくない形で露出されている。寝台に腰掛ける姿勢ひとつとっても、人目を意識することを習慣付けた人間のそれだ。
 すべて明らかに他者を、特に男を蠱惑する目的のための種々が、その異国の少女を形作っていた。
 さながら、チャイルドポルノショーの舞台に立たされる子供のような忌まわしさ。大人に作られた、あってはならない子供の姿だ。
 ビレンの倫理が、少女をこのように作った存在を唾棄すべきと考える。ビレンの本能が、既にそれを自ら受け入れているように見えるこの少女そのものを、もはや忌むべき異形として嫌悪する。
 その激しい拒絶感と嫌悪は、あるいはなにかの予兆だったのかも知れない。
 ビレンは腰の辺りに、不意に引力を感じる。室内を視界に置いたままわずかだけ視線を下げると、ヴァレアが上着を引っ張っていた。彼はとっさに、あの異国の娘をヴァレアの目に晒したくないと思った。
「だれか、いるの」
 しかしビレンが諌めるより先に、異国の少女が声を発する。発音はぎこちないが、静かで艶のある声だ。だが確かに子供の声だ。
 その声に誘われるように、ヴァレアが戸口に姿を晒す。本来なら、危険な可能性のある場所で勝手な行動など取らないはずのヴァレアがだ。
 あるいは自分の暮らしていた部屋から聞こえた声が少女のそれであったことで、自らに重ねて姿を見ずにいられなかったのかもしれない。
 ヴァレアはビレンの上着を掴んだまま、まっすぐ部屋の中の少女を見た。
 そして緩やかに両目を見開く。
 ビレンにとっては忌まわしさしか感じない、不自然そのものの美であっても、年頃の変わらぬヴァレアにとっては憧れを含むような純粋な美しさと映るのだろうか。
 ヴァレアは少女を見ていた。
 ヴァレアは、少女に見惚れていた。


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